今日は先日紹介したMATCHLESSとの関係も深いAJSの紹介です。
もしかしたら日本ではマチレス以上に知名度が低いかもしれませんが、
AJSはレース界において多大なる戦績を残しており、
イギリスのバイクカルチャーを語るにはまず外せないメーカーの一つです。
創業者のジョー・スティーブンスは1897年に初めてエンジンを組み上げます。
9人いたジョーの息子たちの内4人は共に働くようになり、1903年には完全なバイクを生産できるようになっていました。
その頃には既に他社にエンジンを卸すまでに技術的にも成長していました。
そして1909年には自分達の技術を世間に広める為、会社としてAJSを設立します。
兄弟の中の一人、アルバート・ジョン・スティーブンスの頭文字を合わせた名前がAJSという名の由来です。
この頃既にAJSの技術は他のメーカーよりも抜きん出ており、
1914年のマン島TTレースでは1、2、3、4、6位とAJSが上位を独占します。
1916年第一次世界大戦勃発により、多くのメーカーはバイクの製造することができなくなります。
しかしAJSは軍用バイクの製造を依頼され、戦時中もバイクを製造することができました。
第一次世界大戦後の1920年、再開されたマン島TTレースジュニアクラス(350cc)でAJSは勝利し、翌年にはトップ3を独占します。
しかも同年セニアクラス(500cc)でもAJSの350ccマシンが優勝します。
これはセニアクラスを350ccマシンで勝つという初めての快挙となりました。
1928年、AJSはOHC新型エンジンを搭載したバイクを発表します。
そして1929年のジュニアクラス、1930年のライトウェイトクラス(250cc)では上位の成績を残します。
しかし1929年から発生した世界恐慌の影響から多くのメーカーと同じように深刻な財政難に陥ります。
1931年、財政難によりAJSは倒産しマチレス社に技術資産を売却します。
以後AJSはマチレス社の中の1ブランドして存続していくことになります。
1938年のAMC設立以後、AJSとマチレスは基本モデルを共有し別ブランドで展開する体制となります。
その為現在でも第二次世界大戦後のモデルは、エンジンやパーツはほとんど同じものを共有して使うことができます。
その後AJSはマチレスと共にレースシーンでも活躍し、7Rやポーキュパイン等の名車を発表していきます。
60年代後半にはイギリスのバイクメーカーは安価でありながら性能の良い日本製バイクとの競争に勝てなくなり、
AMCが倒産、その後何度か権利が移され現在は250㏄以下小排気量車のみ生産されています。
ここからはいつもの通りAJSのラインナップから個人的に好きなモデルと、
うちで販売する可能性が高いお勧めの車両を紹介していきます。
まずは戦前車から
BIG PORT 350cc OHV
全て20年代のフラットタンクですがどれも雰囲気ありますね~
次はちょっと時代が飛んで第二次大戦後の40年代後半~50年代にかけてのバイクです。
この時代は先日のマチレスの説明でも書きましたが、AJSとマチレスは共にAMC傘下だったので互いに非常に似たバイクを作っていました。
16M 350cc OHV
16MC 350cc OHV
上の16Mと同じテレスコリジッドですが、コンペディション(競技用)モデルの為車高が高くなります。
もちろんロードモデルのパーツを流用すれば発電機等取り付けも可能です。
スイングアームが付く16MCS 350cc OHV
次はOHV 500ccの18です。排気量以外は基本的に上の16シリーズと同じです。
18C 500cc OHV
18CS 500cc OHV
18S 500cc OHV
AJSもマチレス同様、上記のモデルは基本構造が同じで時代が進んでいきますので、
パーツ供給も非常に良いメーカーです。
旧車なので希望のものが簡単に見つかるわけではありませんが、良い車両があれば紹介しようと思います。
ADDICT CLOTHES VINTAGE MOTORCYCLES